
日本の機械製糸工業界のリーダーであった片倉兼太郎の住家です。
諏訪湖を源に発する天竜川の流口付近に位置します。平面は前半に土間や台所等、背面側に居室部を置く特異な間取りを原型とする農家で、幕末や明治期に増改築が行われました。
世界の製糸王、片倉兼太郎生誕の地
明治6年(1873)、諏訪郡川岸村(現岡谷市)の片倉市助が庭先で10台の座繰り器で糸取りを始めました。これがのちに世界一の生産量を誇る製糸工場になり、片倉財閥へと発展します。
大きく貢献したのは市助の息子たち。長男の初代片倉兼太郎は経営を拡大し、弟の今井五介(18歳の時に今井家へ養子)は優良蚕品種や多条繰糸機など革新的な技術を開発し、その弟の二代片倉兼太郎は経営規模をさらに広げ、世界に冠たるシルクエンペラーとして財閥を形成していきました。
三代片倉兼太郎は製糸に関わる機械類・資料を収集し、昭和33年(1958)、片倉発祥の地、岡谷市に寄贈。現在は岡谷蚕糸博物館に展示・収蔵されています。その中には、日本に唯一現存する、富岡製糸場で使用されていたフランス式繰糸機もあります。
片倉家住宅主屋
江戸/1701-1800頃
木造平屋建,茅葺,建築面積215㎡
1棟
長野県岡谷市川岸上1-21-6
登録年月日:19990708
片倉工業株式会社
登録有形文化財(建造物)